突然ですが、簿記を勉強していたら登場する「工事損失引当金」とはなんでしょうか。
この記事では、簿記を初めて勉強されている初心者の方でもわかるように、「工事損失引当金」の意味や仕訳の方法を分かりやすく説明します。
※筆者独自の考え方も含まれます。
工事損失引当金とは?
結論から言えば、
「工事損失引当金とは、ある工事契約についての将来発生するであろう損失を当期分に計上することで、将来のリスクに備えておく仮の負債」
のことです。
工事損失引当金は、建設業会計における流動負債の勘定科目の1つです。
例えば、清水建設株式会社(証券コード1803)といった建設業界の貸借対照表の流動負債の項目を見ていただくとわかるように、「工事損失引当金」という項目が出てきます。(各社のIR情報で簡単に確認できます。)
工事損失引当金とは、「工事契約における工事原価総額(費用)が工事収益総額(収益)を上回る可能性が高い場合で、かつ、その金額を合理的に見積もることが可能な場合に、その損失分を先に計上しておくという科目」になります。
つまり、工事契約の赤字の見通しが立った段階で、先に当期の損失として計上しておくものです。
工事損失引当金の計算方法
では、工事損失引当金として計上する金額はいくらでしょうか。ここからは計算方法を確認しましょう。
単純に工事原価総額(費用)と工事収益総額(収益)の差額をそのまま計上するわけではありません。
工事原価総額(費用)と工事収益総額(収益)の差額のことを工事損失といいます。損失というぐらいですから、工事原価総額の方が高い場合を考えています。
この工事損失から、前期や当期などで既に計上された損益の額を控除した残額が、工事損失引当金となります。
まとめると、
になります。
工事損失引当金は、次期分の損失予想を当期に計上するというものです。したがって、既に仕訳の終わっている過去の損益については計上しません。これから発生するであろう損失のみ計上します。
ちなみに、工事の完成・引き渡しにより工事損失が確定した時には、完成分の工事損失引当金を取り崩す処理を行います。
工事損失引当金の仕訳
ここからは、工事損失引当金の仕訳を、具体的なケースで取り組んでみましょう。
次のケースで、各年度の仕訳をしてみましょう。
①当社は、2019年度に建物の建設工事契約を締結した。なお、この工事契約は一定期間にわたり充足される履行義務であり、履行義務の充足に係る進捗度を合理的に見積もることができる。また、当社は原価比例法により算定している。
②請負金額(工事収益総額)は48,000円、契約時点における工事原価の当初見積総額が40,000円だった。また、契約時に、工事代金の一部として8,000円受け取った。
③実際の発生原価は2019年度に10,000円、2020年度に25,000円、2021年度に35,000円だった。
④2020年度に見積工事原価総額を60,000円に増額とした。請負金額はそのままとなった。 ⑤2021年度に工事が完成し、引渡し完了した。 |
各年度の仕訳
上記のケースでの仕訳を実際にしてみましょう!
(ア)2019年度の仕訳
仕訳は決算時に全て行うのではなく、その都度行うのが基本です。決算時の仕訳は、修正の要素が大きいです。
まず、工事代金前受時の仕訳です。②で、契約時に8,000円受け取っているので、前受金(勘定科目:未成工事受入金)として仕訳します。
(現金預金) 8,000 (未成工事受入金) 8,000
となります。前受金は負債でしたよね。未成工事受入金も前受金と同じ考え方で負債になります。
次に、工事原価支払時の仕訳です。工事原価とは、材料費や賃金などの支払のことです。建設業会計では、全てかかる費用は「未成工事支出金」としてまとめます。
(未成工事支出金) 10,000 (現金預金) 10,000
未成工事支出金は資産の勘定科目です。「仕掛品」と同じ考え方になります。わかりにくい場合は、「材料」だと思っておけば良いと思います。材料は商品として売ればお金になるので資産ですよね。
最後に、決算時の仕訳です。
決算時には、完成工事原価(費用)と完成工事高(収益)を計上します。決算では、その会計年度の収益・費用を確定しなければなりません。損益計算書を作成し、当期の税額を確定させるためです。
(完成工事原価) 10,000 (未成工事支出金) 10,000 (完成工事受入金) 8,000 (完成工事高)12,000
(完成工事未収入金) 4,000
③に記載のあるように、2019年度において実際の工事原価が10,000円と分かります。よって、10,000円を2019年度の完成工事原価として、未成工事支出金を振り替えることで仕訳します。
完成工事高は、①の通り、原価比例法で算出します。原価比例法では、完成工事高の算出方法は、見積工事収益総額に工事進捗度を掛けたものです。
工事進捗度は、決算日までに発生した工事原価の累計額を見積工事原価総額で割ることで算出します。
✔️完成工事高=工事収益総額×工事進捗度 ✔️工事進捗度=決算日までに発生した工事原価累計額/見工事原価総額 |
難しく考える必要はなく、請負金額(工事収益総額)のうち、工事が終わったところまでの分を売上(完成工事高)として計上します。
工事がどのくらい進んでいるのかを表す工事進捗度は、「想定される全体での工事原価のうち、現時点でどのくらいの工事原価を使ったかの割合」を表しています。
完成工事高が、原価の使用率に比例するので、原価比例法というんです。
このケースでは、
48,000(工事収益総額)×10,000(2019年度の実際の発生原価)/40,000(見積工事原価総額)=12,000
よって、2019年度における完成工事高は12,000円となります。
当初の見積工事原価総額が40,000円で、そのうち10,000円の原価を消費しています。
工事進捗度としては、10,000/40,000で、工事全体の4分の1となります。請負金額48,000円(工事収益)の4分の1である12,000円を完成工事高として計上します。
(イ)2020年度の仕訳
まず、2020年度における工事原価支払の仕訳ですが、この会計年度の材料費や賃金などを計上します。
(未成工事支出金)25,000 (現金預金)25,000
この25,000円という数字は③の2020年度の実際の発生原価から取ってきた数字です。
次に、2020年度の決算時の仕訳です。
決算時に仕訳では、完成工事原価と完成工事高を計上します。
まず、2020年度の完成工事原価を計上します。
(完成工事原価)25,000 (未成工事支出金)25,000
次に、完成工事高を計上しなければなりません。
これまでの工事原価の累計額(この工事にかかった工事原価の累計)は、2019年度と2020年度の工事原価を合計した金額となります。10,000円+25,000円=35,000円です。
したがって、2020年度における完成工事高は、
48,000円(工事収益総額)×35,000円(2019~2020年度の工事原価累計額)/60,000円(変更後見積工事原価総額)ー12,000円=16,000円
になります。なぜ、12,000円引いているかというと、2019年度に既に収益として完成工事高に計上しているからです。あくまでも「2020年度」の完成工事高を算出しています。
よって、
(完成工事未収入金)16,000 (完成工事高)16,000
となります。
さらに、想定される損失は早めに決算書に反映すべきです。今回の記事のテーマである「工事損失引当金」の登場です。
ここで、④より、2020年度途中で見積工事原価総額を40,000円から60,000円に変更しています。②より、工事収益総額(請負金額)が48,000円ですので、見積工事原価総額の増額により12,000円の損失が見込まれることが分かりますよね。これを工事損失と言います。
ここから、この12,000円の損失を計上する処理をしていくことになります。
いきなり12,000円を「工事損失引当金」として仕訳することはしません。
なぜなら、2019年度・2020年度の仕訳において、ある程度損失として既に計上されているからです。
2019年度では、完成工事原価10,000円、完成工事高12,000円を計上していますよね。よって、完成工事原価と完成工事高の差額である2,000円の利益を計上していることになります。
2020年度では、完成工事原価25,000円、完成工事高16,000円を計上しました。よって、9,000円の損失として計上されることになります。
上記の2019年度・2020年度の損益をまとめると、9,000円-2,000円で、7,000円の損失が現時点で既に計上されていることになりますよね。
変更後見積完成工事原価と工事収益総額の差額(損失)である工事損失は12,000円でした。このうち、7,000円の損失が既に計上されていますので、残り5,000円をこの見積もり変更により新たに生じた損失として計上します。
(完成工事原価)5,000 (工事損失引当金)5,000
(ウ)2021年度の仕訳
これまでと同様、材料費や賃金などへの支払いを仕訳します。
(未成工事支出金)35,000 (現金預金)35,000
次に、決算時の仕訳です。
未成工事支出金を2021年度分の工事原価として振り替えます。
(完成工事原価)35,000 (未成工事支出金)35,000
2021年度で工事完成・引き渡しとなりますので、残っている収益を全て計上します。
工事収益総額48,000円のうち2019年度・2020年度でそれぞれ12,000円、16,000円を計上していますので、その残金を完成工事高として計上します。
48,000円ー(12,000円+16,000円)=20,000円
よって、
(完成工事未収入金)20,000 (完成工事高)20,000
となります。
また、工事完成・引き渡しにより、工事損失が確定しますので、工事損失引当金を取り崩します。
(工事損失引当金)5,000 (完成工事原価)5,000
仕訳の総括
仕訳をまとめると、
❶工事代金前受時
(現金預金) 8,000 (未成工事受入金) 8,000
❷工事原価支払時
(未成工事支出金) 10,000 (現金預金) 10,000
❸決算時
(完成工事原価) 10,000 (未成工事支出金) 10,000
(完成工事受入金) 8,000 (完成工事高)12,000
(完成工事未収入金) 4,000
❶工事原価支払時
(未成工事支出金)25,000 (現金預金)25,000
❷決算時
(完成工事原価)25,000 (未成工事支出金)25,000
(完成工事未収入金)16,000 (完成工事高)16,000
(完成工事原価)5,000 (工事損失引当金)5,000
(ウ)2021年度(工事完成・引渡)
❶工事原価支払時
(未成工事支出金)35,000 (現金預金)35,000
❷決算時
(完成工事原価)35,000 (未成工事支出金)35,000
(完成工事未収入金)20,000 (完成工事高)20,000
(工事損失引当金)5,000 (完成工事原価)5,000
このようになります。
まとめ
工事損失が見込まれた時点で、損失を早めに計上しておくために、「工事損失引当金」を使います。
損失が分かっているのに、まだ計上するときではないからと損失を溜めておいては、その会社の正確な財務状況が把握できません。
分かった段階で、すぐに損失を報告しておくのです。これは、仕事でも同じですよね。仕事の時も、失敗したことやらかしたことはすぐに上司に正直に報告しますよね。溜めておくともっと悪い状況になりかねません。
工事損失引当金の仕訳は理解できましたでしょうか。仕訳の意味がわかれば、どんな問題にでも対応できると思います。ただ暗記ではなく、考え方が大事です。
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